共同創造Co-production資料37 障害をもつ人との共同創造研究のガイドライン

資料36で紹介した、共同創造研究を行う際の倫理のガイドラインを見ていて、ニューサウスウェールズ大学(the University of New South Wales: UNSW)のDisability Innovation Institute (障害イノベーションセンター)からほかのガイドラインも出されていることがわかりました。

DOING RESEARCH INCLUSIVELY: Guidelines for Co-Producing Research with People with Disability (「誰もが参加できる研究をする:障害をもつ人と研究を共同創造するにあたってのガイドライン」←宮本の意訳)です。

Strnadová, I., Dowse, L., & Watfern, C. (2020). Doing Research Inclusively: Guidelines for Co-Producing Research with People with Disability. DIIU UNSW Sydney.  https://apo.org.au/node/310904

このガイドラインは、UNSWや他の学術研究者、障害当事者、障害関連組織やその他の関係者のために作成され、研究の共同創造を行うために、研究に誰でも参加できるようにと2019年に行われた障害に関する共同創造のワークショップに参加した人々から出てきた内容をまとめたものであると記載されています。

この文書では、共同創造から得られるもの、共同創造の原則、共同創造の方法が記載されています。

特に共同創造による研究を行う際の方法(strategy)に紙面が割かれています。

 

共同創造研究をするにあたり、誰がチームにいると良いか?共同創造をする共同研究者への謝礼はどうするか?会議の頻度や場所や進行、議事録管理、研究技術に関する研修、倫理申請、決定権の共有、チームメンバーへのサポート、どんな風にチームに関わり続けてもらうか、チームの安全を保つにはどうするか、その共同創造研究による効果をどのように評価するか、などが記載されていました。自分には考慮できていなかったことがたくさんあり、とても参考になりました。
東京大学コプロダクション研究チーム 宮本有紀

共同創造Co-production資料36 共同創造研究での倫理

共同創造というとリカバリーカレッジでの実践がすぐに思い浮かぶのですが、医療やケアの実践だけでなく、研究でも共同創造が大事だと言われるようになっています。

そんな中、「誰もが参加できる研究をする:共同創造を行う際の倫理のガイダンス」(かなりの意訳です。原題は「Doing Research Inclusively: Guidance on Ethical Issues in Co-production」)という、共同創造による研究を倫理的に行うためのガイドラインを見つけました。

Strnadová, I., Dowse, L., Garcia-Lee, B., Hayes, S., Tso, M., & Leach Scully, J. (2024). Doing Research Inclusively: Guidance on Ethical Issues in Co-Production. Disability Innovation Institute, UNSW Sydney. https://www.disabilityinnovation.unsw.edu.au/inclusive-research/guidelines

これは、オーストラリアのUniversity of New South Wales (UNSW)という大学のDisability Innovation Institute(障がいイノベーション研究所)という、2017年に設立されたセンターから公開されているものです。

共同創造研究が大事、市民共同参画の研究が大事、と言われていますが、いわゆる「研究者」と名乗ってきたわけではない人たち(患者、利用者、家族など)も研究に関わるということは、これまで医学研究の倫理等を考える際に想定されてきておらず、これまでの研究計画や倫理申請での「当たり前」とは異なる視点が必要とされています。このガイダンス文書は、共同創造研究を行う研究者が、研究計画を考えたりその研究の倫理申請をしたり、そのような研究の倫理的側面を審査する研究倫理委員会が理解を共有するために作られたそうです。

この文書には、研究者や倫理委員向けのPDF版と、情報を簡潔にわかりやすく書いたEasy Read版があります。

PDF版には、障害領域での研究における共同創造での倫理に関する重要点として、

  • 共同創造は誠実性を高める(CO-PRODUCTION ENHANCES INTEGRITY)
  • 申請過程に(共同創造研究者が)アクセスできない(INACCESSIBLE APPLICATION PROCESSES)
  • 申請過程における害(HARM IN THE APPLICATION PROCESS)
  • 共同創造についての誤った思い込み(COUNTERPRODUCTIVE ASSUMPTIONS)
  • 矛盾する倫理原則(CONFLICTING ETHICAL PRINCIPLES)
  • 倫理審査の過程に不慣れ(UNFAMILIARITY WITH THE PROCESS)
  • 経験と動機のばらつき(VARIABILITY IN EXPERIENCE AND MOTIVATION)
  • 対立ではなく学ぶ(EDUCATION RATHER THAN CONFRONTATION)

についてあげられています。また、この文書では特に以下の項目それぞれについて留意点、研究者として考えること、倫理委員会として考えることが記載されていました。

  • 共同創造での関係性(Relationships in Co-Production)
  • 共同創造の過程(Processes of Co-Production )
  • 共同創造における役割(Roles in Co-Production)
  • 共同創造で得られるものと危険(Benefit and Risk in Co-Production)
  • 共同創造における脆弱性と能力(Vulnerability and Capacity in Co-Production)
  • 共同創造の質(Quality in Co-Production)
  • 倫理的な共同創造によってよりよい実践を(Building Better Practice in Ethical Co-Production)

 

共同創造について、英国の資料を目にする機会が多いのですが、オーストラリアからもこのように資料が出されていて、それらが誰にでも読める形で公開されていることに、感謝を覚えますし、インターネットやAI翻訳などの普及で、伝達もされやすくなっているだろうと感じました。
もちろん、共同創造は参加する人によって異なるはずですし、文化が異なればもちろん共同創造のありかたも違うだろうとは思いますので、イギリスやオーストラリアのものも、ただそのまま日本に持ち込むというよりは日本での参加者の方たちと話し合っていくことが重要であるとは思います。
東京大学コプロダクション研究チーム 宮本有紀

 

 

共同創造Co-production資料26 その3: 精神保健領域で共同創造の原則を実践する

前々回前回に引き続き、Roper, Grey, Cadoganによる、Co-production: putting principles into practice in mental health contexts(共同創造の原則を精神保健領域での実践に取り入れる)
https://healthsciences.unimelb.edu.au/departments/nursing/about-us/centre-for-psychiatric-nursing/news-and-events/test
冊子のPDFはこちら
についてです。
Roper C, Grey F, Cadogan E. Co-production – Putting principles into practice in mental health contexts. 2018.

この冊子では、パワーについてたくさん書かれていて、パワーについて気づくことがテーマとなっていると拝読しました。その中でも今回ご紹介したいのは、どのようにパワーの不均衡に対応するかというところです。

パワー(力)の不均衡への対処

「コプロダクションでは、権力や力(パワー)の問題に意識して注意を払い、そこにパワーの違いがあることがわかったら、パワーの弱い人へとパワーをシフトさせるような行動を取るべきである」と記載されていて、そのやり方の例としていくつもの例が上がっていました。その中から抜粋すると:

  • 当事者がプロジェクトを主導できるよう支援し、資源を提供する。
  • 当事者がミーティングの議題を決め、特定の議題や活動に費やす時間を決める。
  • その取り組みの過半数が当事者であることを確認する
  • ガバナンス(管理等)をする当事者運営グループを設立する。
  • 会議の開始時に、サービス・システム(医療やその他の制度)に関わる際に力の喪失を経験した、または経験している人々を認める。
  • パワーのある人が席をはずす(物理的にその場を離れる)など、パワーのない人がパワーの不均衡が生じない形で検討したり議論したりする機会を作るなどもできる。
  • パートナーシップがどのように進んでいるかを見直す時間を定期的に設ける。
  • パートナーシップのあらゆる段階において、力の差に気づき、声を上げ、表に出し、対処するために、時間、思考、努力、計画を考慮する。
  • グループの目的を支援するために異議をはさまずに使用できる裁量資金
  •  「このグループの辞書」を作る:当事者(必ずしもそうでなくても)にとって不親切な言葉・助けにならない言葉は、コプロダクションの場では代替の言葉が使われる。

などがありました。

当事者を半数以上とする、伝わる言葉を使う、など、常に意識しておきたいことがたくさんあると感じました。それと同時に、この項で言われていたのが「どのような方策が助けとなりそうか、どれをやってみるかは特に当事者が主導して決める」ということです。

 

良かれと思って先回りして何かをするのではなく、共に取り組む人と話し合いながらやっていくことが重要だと思いました。事前に考えて「気を利かせる」というようなことをしてしまいがちですが、コプロダクションに限らず、互いに声に出しながら決めていく、声を出しやすい環境を作る、ということが何より大事なのだと感じています。声を出しやすい環境を作るためには自分の醸し出してしまう空気や圧にも気付く必要があり、それにも意識を向けて。

東京大学 コプロダクション研究チーム 宮本有紀

 

 

共同創造Co-production資料26 その2: 精神保健領域で共同創造の原則を実践する

前回に引き続き、Roper, Grey, Cadoganによる、Co-production: putting principles into practice in mental health contexts(共同創造の原則を精神保健領域での実践に取り入れる)
https://healthsciences.unimelb.edu.au/departments/nursing/about-us/centre-for-psychiatric-nursing/news-and-events/test
冊子のPDFはこちら
についてです。
Roper C, Grey F, Cadogan E. Co-production – Putting principles into practice in mental health contexts. 2018.

ここでは、old power(旧来のパワー)、new power(新しいパワー)について対比されていて

旧来のパワー(権力)の価値観では、

  • 管理主義、制度主義、代表統治
  • 排他性、競争、権威、資源の統合
  • 裁量、守秘義務、私的領域と公的領域の分離
  • プロフェッショナリズム、専門化
  • 長期的な所属と忠誠心
    全体を通じての参加は少ない

新しいパワーの価値観

  • 非公式、参加意思のある人たちによる意思決定、自己組織化、ネットワークガバナンス
  • オープンソースコラボレーション、集団の知恵、共有
  • 根本的な透明性
  • DIY、作る文化
  • 短期的、条件付き所属
    全体を通じての参加はより多い

Source: Jeremy Heimans and Henry Timms, 2014

として挙げられていました。

ちなみに、
Jeremy Heimans and Henry Timms, 2014 とは
Heimans, J., & Timms, H. (2014). Understanding “New Power”. Harvard Business Review, https://hbr.org/2014/12/understanding-new-power
です。

コプロダクションに大切なこととして、

  1. その取り組みに関わる全員が、コプロダクションとその取り組みに賛同し、その両方を擁護する意思がある。個人や組織の中途半端な参加は、グループの活動を前進させるのに十分ではなく、有害になる可能性がある。
  2. 組織の背景などがある場合、関連組織内のリーダーや意思決定者が、コプロダクションとその取り組みの両方について、始める前から理解し、支援すること。
  3. 関係者全員が、リスクを取ることを厭わない。コ・プロダクションは、仕事とパートナーシップに取り組む新しい方法である。計画して熟慮しつつリスクを取ることは、その過程で見出されていく新しいパワーやさまざまな動き方の利点を認識するために必要である。
  4. グループ内の人々にコプロダクションへの対応力がない場合、コプロダクションの専門知識と支援へのアクセスが必要である。

が挙げられていました。

 

これまでの常識のようなものが旧来の力として新しいものの発現や創造を妨げてしまうことがあり、新しい考え方や新しい価値観にひらかれている、ということがコプロダクションで重要なことだということを感じます。それと同時に、自分は新しい価値観や自分と異なる考え方にひらかれているだろうか、自分が思っていることとは違う意見がたくさん出てきたときに、その場にとどまり一緒に作っていこうと思うには、何のために、というミッション(?)と、互いへの信頼や敬意が必要だな、と感じました。
東京大学 コプロダクション研究チーム 宮本有紀

共同創造Co-production資料26 その1: 精神保健領域で共同創造の原則を実践する

コプロダクション(共同創造)の資料類は、英国でたくさん発表されていますが、オーストラリアからもどんどん出てきている印象があります。
今回は、2018年にメルボルン大学から出されている Co-production: putting principles into practice in mental health contexts(共同創造の原則を精神保健領域での実践に取り入れる)
https://healthsciences.unimelb.edu.au/departments/nursing/about-us/centre-for-psychiatric-nursing/news-and-events/test
についてご紹介したいと思います。

上記メルボルン大学の紹介記事によると、この資料はconsumer academic(当事者研究者?)であるCath Roperさんと、consumer consultant and peer supporter(当事者コンサルタントでありピアサポーター)であるFlick Greyさんと、senior project officer from Victoria’s Department of Health & Human Services(ヴィクトリア州保健福祉省のプロジェクト長)のEmma Cadoganさんの3人と、たくさんの方達で一緒に作られたとあります。

「コプロダクションにおいて最も重要なことは、考え方を変え、探求したり学んだりすることを受け入れる文化、当事者の知識や専門性を真に価値あるものとして扱う文化を確立することである。」
「コプロダクションは、政府、専門職、当事者や地域などが担い手になり得る。そして、サービスや医療、政策、プロジェクト、研究、研修などのアイディア、解決策、成果などを共に作り上げることができる。」
「コプロダクションは、パートナーシップを築いている関係の中のパワーの違いを認識し、それに対処しようとする」
「コプロダクションには時間がかかる。信頼し尊重し合うような関係を築くには、時間と配慮が必要である。不平等について話し合ったり対処したりするには、時間と配慮が必要である。」
「当事者ははじまりのはじまりからパートナーである」
「パワーの差は認識され、検討され、対処される」
「当事者のリーダーシップと能力が開発される」

など、パワー(power)についての言及がたくさんあります。

精神保健領域で当事者(consumer)と言われる方々と専門職の間にあるパワーの違いを認識することはコプロダクションのベースなのだな、と再認識しました。

資料の冒頭に、「コ・プロダクションはモデルではなく、むしろ価値観と原則を持つ理論である。」(In fact, co-production is not a model, rather it is a theory with a set of values and principles.) と記載されていて、モデルではなく理論というあたりについて、どういうことだろう?ともっと知りたいと思っています。
東京大学 コプロダクション研究チーム 宮本有紀