共同創造は、さまざまな領域のさまざまな内容について実践することが可能であり、そして実際に取り組まれていることと思います。
保健医療福祉領域の研究についても、これまでは研究者・医療者が研究をする者、医療を提供する者の立場で実施し、発表されることがほとんどでしたが、最近では患者・利用者の方々が自身の声を保健医療福祉の学会等で発表されたり発信されることも増えています。
それに加え、近年では、少なくとも保健医療領域では、研究への市民患者参画が求められるようになってきており、研究を共同創造で行われることも増えてきました。
ここでは、World Psychiatryという精神医学領域の学術誌に掲載されている、その疾患状況を経験した人(患者としての体験のある人)と学術関係者(研究者)によって執筆された論文をご紹介させていただきます。
Fusar-Poli, P., Estradé, A., Stanghellini, G., Esposito, C.M., Rosfort, R., Mancini, M., Norman, P., Cullen, J., Adesina, M., Jimenez, G.B., da Cunha Lewin, C., Drah, E.A., Julien, M., Lamba, M., Mutura, E.M., Prawira, B., Sugianto, A., Teressa, J., White, L.A., Damiani, S., Vasconcelos, C., Bonoldi, I., Politi, P., Vieta, E., Radden, J., Fuchs, T., Ratcliffe, M. and Maj, M. (2023), The lived experience of depression: a bottom-up review co-written by experts by experience and academics. World Psychiatry, 22: 352-365. https://doi.org/10.1002/wps.21111
(実体験としてのうつ(うつの生きられた経験):経験による専門家と学者が共同で執筆したボトムアップレビュー)
Fusar-Poli, P., Estradé, A., Stanghellini, G., Venables, J., Onwumere, J., Messas, G., Gilardi, L., Nelson, B., Patel, V., Bonoldi, I., Aragona, M., Cabrera, A., Rico, J., Hoque, A., Otaiku, J., Hunter, N., Tamelini, M.G., Maschião, L.F., Puchivailo, M.C., Piedade, V.L., Kéri, P., Kpodo, L., Sunkel, C., Bao, J., Shiers, D., Kuipers, E., Arango, C. and Maj, M. (2022), The lived experience of psychosis: a bottom-up review co-written by experts by experience and academics. World Psychiatry, 21: 168-188. https://doi.org/10.1002/wps.20959
(実体験としてのサイコーシス(サイコーシスの生きられた体験):経験による専門家と学者が共同で執筆したボトムアップレビュー)
上記研究は、それぞれうつについてとサイコーシス(精神病様体験)について、実際に自身の生活の中でその状態を生きた方たちやその家族、学者でさまざまな年齢層、性別、文化的背景をもつ人々が参加して執筆されました。(最初の3人の著者が同じなので同じ文献のように見えてしまうかもしれませんが、別々の論文です)
たとえば、うつの体験についての研究では、患者利用者経験のある人、その家族、学者などにより構成された研究チームで、うつ状態について自身の言葉で語っている質的研究を集め、そこで記載されている内容からうつ状態の主観的世界、社会的・文化的文脈の中でのうつ状態の経験、うつからの回復の経験に分類されました。
その後、上記により分類された内容を、この研究チームに属していないより広い患者・家族ネットワークに見てもらい、特に中低所得国や性的、社会的マイノリティの方たちも含まれるようにしながら、フィードバックを得てさらに豊かな内容になりました。そして、それらをグーグルドライブで共有しながら多くの参加を得て共同執筆された論文で、執筆に参加された方々は共著者となっています。
このように、保健医療の領域で、患者や市民と共に研究をする取り組みは増えています。日本でも、たとえば国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)という研究開発と研究環境整備の組織から助成を受けた研究事業で患者市民参画(PPI)に取り組んだ事例を紹介したりしています。
https://www.amed.go.jp/ppi/ppipractice.html
従来は、医療者や学者が疾患や症状について解説をした文章が教科書となり、医療者への教育に使われてきたと思います。もちろん、医療者から見える状態像が記載されており、それが間違いであるわけではありませんが、この論文のように実体験をした本人たちの語りがまとめられること、そして、その実体験のある人たちが執筆の過程に参加することにより、そのまとめ方や表現のされ方が医療者・学者視点に偏ることなく記載され、その状態を経験している人にとって大切なことが発信されやすくなるということで、とても意義のあることだと思いました。
東京大学コプロダクション研究チーム 宮本有紀